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●おすすめの本「アフターダーク」村上春樹

真夜中から空が白むまでのあいだ、どこかでひっそりと深淵が口を開ける。
「風の歌を聴け」から25年、さらに新しい小説世界に向かう村上春樹書下ろし長編小説

マリはカウンターに置いてあった店の紙マッチを手に取り、ジャンパーのポケットに入れる。
そしてスツールから降りる。
溝をトレースするレコード針。
気怠く、官能的なエリントンの音楽。
真夜中の音楽だ。


近年の村上作品の特徴である形而上学的な三人称の語りが、この作品では全体を通してとても色濃く用いられている。

内容としては、現代を生きる我々にとって、目を背ける事の出来ない問題が掲げられている。
情報化社会の只中で、何を信じて生きていくのか。
一夜を細かい時間で区切って、一冊で描ききるという手法は新しく、妙にリアルを感じて、それが逆に怖かった。

また、村上作品には、良くも悪くも、博識なキャラクターが、文学や哲学について語る場面が印象的だが、この作品ではそういった場面が皆無であり、そしてマリの読んでいる「分厚い本」のタイトルが最期まで明かされず、マリが「ファミレスでじっと本を読んでるのも、だんだん辛くなってきたみたい」と言うなど、今までに無い現実的な描写が印象的だった。

村上氏は某文芸誌で、この『アフターダーク』について、「出来るだけ簡単な文章で、出来るだけ複雑な話を書く」と言っていたことが強く印象的だったが、正にその通りの作品だと思う。もう少し評価されてもいい作品。

一晩で読み通せる長さも現代的。


冒頭、アラン・ロブ=グリエの小説を思わせる、しつこいまでの情景描写から入っていく。
その意味では、この小説の主人公は視点を共有する読者なのかもしれない。

そして、ファミレスで出会う若い女性と男性を中心に、その姉、ホテルに置き去りにされた中国人売春婦とホテルの経営者、顔のない男などがからみあって、時間が進行する。
 
村上にとって、大きなターニングポイントとなったのは、阪神大震災と地下鉄サリン事件だった。
これまで、村上は個人の内部にある「やみくろ」を相手にしてきた。

でも、実際には「やみくろ」は地下に存在し、本当にそこから出てきて人を陥れる。
だとすれば、作家として村上は現実にコミットしていく必要性を感じることになる。

その結果が、「アンダーグラウンド」とその続編であり、「神の子供たちはみな踊る」であり、「ねじまき鳥クロニクル」におけるノモンハン事件であった。

その中でも、「アフターダーク」は「神の子供たちはみな踊る」をもう一歩進めたものといえる。
地震が起きた時間、みんなは何をしていたのか、そのことがあの連作短編集を支えていたのだとすれば、「アフターダーク」は任意の深夜を切り取ったとき、それぞれの人生はどうなっているのか、ということになる。
 
結論じみたことを言ってしまえば、本書の中には罠も用意されており、100%ハッピーエンドとはいかない。

それでも、人が前に進む意思が少しでもあれば、何とかやっていける。闇はまたやってくるのだけれども。



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